Monday, July 30, 2007

『こんなとき私はどうしてきたか』

敬愛する精神科医中井久夫先生の新刊。大学を退官して後、西宮と宝塚の境にある有馬病院で医師や看護師を相手に、これまで経験してきた精神科医としての体験を講義したものを纏めてある。中井久夫のエッセイは、ほとんど読んでいるけれど、この新刊もそれほど専門的ではなく、ごくごく一般的な本として読める。内容はすでに、これまで出されているエッセイの中にも散見されることも多いけれど、治療者を前にしてそれが一つの纏まりなあるものとして読むことができる。統合失調症の専門家として語ったものなので、ほとんどがその患者に関するものだけれど、人生で困難に出会ったときの処方箋として、そのまま使えそうな気もする。回復とは、山の頂上を目指すことではなく、いかに転がり落ちないかに注意しながら、麓を目指すことである、なんていう至言が、あちこちに散らばっている。
すでに70歳を越え、大病もした後なので、あとどれだけ彼の文章を読むことができるかと考えると、1行1行が、貴重なものに思える。こんな老人になりたいと思える人物の一人であり、彼が阪神間の文化について書いた文章を読んで、ここで暮らしていることに誇りと満足感を覚える。ぼくが、詩を読むことを目指して、スペイン語を勉強してきたのは、仕事の傍ら、ギリシアの詩人の翻訳を出してしまう中井久夫の姿に憧れてだろうと思う。斎藤環が、中井久夫の本の中に自分の本の引用があったのを発見して、狂喜したと書いてあったのをみてその気持ちがとてもよくわかった。自分の未熟さが恥ずかしいかぎりだけれど、少しずつでも近づきたいものだね。

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