後先になるけれど、先週金曜日、呼吸器部門が三田の兵庫中央病院を訪問するというので、便乗して着いていった。ここはいわゆる国立療養所と言われているところで、筋ジストロフィーや神経難病の患者の養護学校と療養所がセットになった施設。人によるけれど、小学校から入ると、ほぼ人生すべてをそこで過ごすことになる。
西宮北口から阪急に乗って、宝塚でJRに乗り換え、三田からはタクシーを使った。今どき車いすはめずらしくもなくなったけれど、さすがに呼吸器2人で電車に乗り込むとかなりの存在感がある。
小一時間で到着。病院と聞いて、もっと立派な建物を想像していたのでけれど、平屋のかなり年季の入った建物。最初に作業室を見学させてもらったが、そこはとくに病院という感じでもない、どこでもある障害者の施設の雰囲気。作業をするというより、何か時間をつぶしているような倦怠感が支配している。
その後呼吸器くんと病棟の友人を訪問。古い木造の学校が病室になったような独特な雰囲気。どこかの病室で繰り返して何かを叫んでいる人がいるが、誰も気にとめない。友人も呼吸器装着。ほぼ全身が麻痺して動かないが、あごでコンピュータを操作してあちこちとコミュニケーションしている。比較的元気で快活な精神を保っていたが、気になったのは、逆に呼吸器の必要もなく、彼よりもずっと軽度の身体障害に見える人たちが、死んだような目をして、一点を見つめたままベッドに座って動かない様子で、何か、純粋な形の絶望の状態を見たような気がした。ふと昔読んだ、アウシュビッツで生き延びるためにはどうしたらいいかを書いた文章を思い出したりしていた。
帰りは雨になっていた。残してきた人に感じなくてもいいような罪悪感すら感じた。やらなくてはならない仕事はたくさんある。
昨日は、泊まりあけで聴覚部門のパソコンテイクで通訳をした。障害者運動もどんどん多様化していっているのが実感できる毎日ではある。




