Friday, March 23, 2007

web 2.0な生活?


ボリンケンさんが危惧しているように、たしかに最近のグーグルには、ちょっとやりすぎだろというところも見える。しかし、ボリンケンさんのおともだちと同じように、ぼくも今どんどんとグーグル依存度を高めているところ。ぼくも、MacのドメインをGmailに転送して、こちらがメインのメーラーになりつつある。GmailからMacのドメインを使って送信できるようになってるから、おのずとそうなってしまう。Gmailの他にぼくは、Google Docsで、書きかけの文章を開けて作業をしたり、Google Notebookでチェックしておいたサイトを使って、自分のブログの更新をしたりする。右端はカレンダー。予定をチェックし、その下のマヤのカレンダーを眺めてみたり、隠れているけれど、その下には月齢が出ているので、天体の大きな動きも見ておけるというわけだ。
極めつけは、最近アップされたテーマ。ブログみたいに季節毎に変えたり、今はクラシックも含めて7種類のテーマがあって、みんなとてもかわいい。ただこれは英語版のみのサービスで日本のグーグルにアクセスするとふつうのクラシックに戻ってしまう。(今気づいたのだけれど、ぼくが今使っている「バス停」というテーマは、アメリカ国内の郵便番号が登録することができて、ぼくは適当に、ニュージャージーのを登録したんだけど、どうもその場所に従って天気が変わるようだ。雨が降り出した!)
ぼくがグーグルを使い始めたのは、たぶん10年なるかどうかくらいと思うけれど、翻訳の仕事を探そうと思ってエージェントのトライアルをいくつも受けていた時期があって、ネットで色々調べていると、翻訳に携わっている人たちはみんなグーグルを使っていたところからだった。たしかに、自分で使い始めて見ると、検索力は他のサービスが問題にならないくらいだった。外国語を調べていると辞書に載っていない単語、語彙、使い方なんていうのはざらにあって、ネットがない時代はネイティブに訊ねないとお手上げなものだったのだけれど、ネットが使えるようになると、状況は一変してしまった。外国語の新聞はタダで読み放題だし、何しろクリックしたらそこは外国にいるのと一緒なんだから。グーグルが翻訳で使えると思ったのは、辞書を使って調べるという感覚ではなく、ネットじたいが現代の、生きた、巨大な辞書なんだと気づいた時だった。お上品な言葉から、2ちゃんねる風の言葉使いまで、ありとあらゆる言葉の使い方がある。たとえば、意味のよくわからない言葉に出くわすと、とりあえずそれで検索をかけてみる。すると、今のスペイン語で、この言葉がどんなときに、どんな使い方をされているのかが、ざっと出てくる。それをひとつひとつ、証左していくと、辞書に出てくるように意味は教えてくれないけれど、言葉が持っているイメージみたいなものが現れて、あとはそれを日本語に置き換えてやればいいだけ。
たしかに、過去何年にもわたってぼくが何を検索したかをすでに、グーグルは知っているわけで、それを悪意を持って使われれば恐ろしいことではある。しかしこの便利さをどうやって諦められるのかというジレンマ。20世紀は、理想に向かって進んでいったことが、最悪の結果に終わった世紀だった。21世紀。それは繰り返されるのだろうか。

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