Monday, April 28, 2008

『移動の技法』#6

目を開けても閉じてもその暗闇はかわりはしない。音楽も鳴らぬなら不眠の夜は記憶の映像が封印された霊廟を破って生きたひとさながら耳もとで様々な言葉、言葉にならぬ言葉を囁いていくことだろう。階下のいまは使われていない海岸側の食堂で、ひとり老人が古風な背広姿で立ってこちらを見ていたのはその日の昼のこと。薄い窓からの光に老人は影となっている。「セニョール?。ここは....シニョーレ?」。無言。そして、フェードアウト。(コノデンワハバンゴウガカワッテオリマス)そのコンピュータライズされた音声によって街は崩壊しはじめる。ノン(否)。壊れたのはわたしの記憶だけ。街はキリル文様に変形するだろう。「いいですか。あなたの頭が壊れたのじゃなくって、グランドキャニオンにひびが入ったと思ってごらんなさい(*)」と彼女は言った。彼女とは誰のことだったのか。街の鍵は誰が握っているのか。ベルナルドはそれを放棄した。教皇に糞を投げてやった。老人の影が立っている。彼はどこに行きそびれたのか。そばでテーブルを囲んでいたひとたちはどこへ行ってしまったのか。わたしもそのなかのひとりであったのだろうか。わたしもひとつの影であるのであろうか。マリサに会わなければ、でなければわたしは壊れてしまう。バスはキルプェに向かった。ジョン・セカダのヒット曲ががんがん鳴っている。陽光のもとそれはカーブを回る。(、、、、、、)!

(*)“Listen! The world only exists in your eyes -- your conception of it. You can make it as big or as small as you want to. And you’re trying to be a little puny individual. By God, if I ever cracked, I’d try to make the world crack with me. Listen! The world only exists through your apprehension of it, and so it’s much better to say that it’s not you that’s cracked -- it’s the Grand Canyon.”

“Baby, et up all her Spinoza?”

“I don’t know anything about Spinoza. I know -- “ She spoke, then, of old woes of her own, that seemed, in telling, to have been more dolorous than mine, and how she had met them, overridden them, beaten them.
F. Scott Fitzgerald "The Crack-Up"

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