Friday, April 13, 2007

ご友人

芦屋に住むALSの利用者の方の息子さんが、東京の学校に入学することになったので、利用者の方、息子さんとともに入学式に出席してきた。池袋のホテルに一泊し、翌朝西武池袋線の学校まで。学校は、閑静な住宅地の中の、そのまたひっそりした森のような緑に囲まれてあった。着くと、担当の先生が慇懃すぎるくらい丁寧に対応してくれる。かわいらしい高校生が4人アテンドしてくれ、段差で通りにくいところなど手伝ってくれた。こうした諸々を、利用者の方はコミュニケーションが取りにくく、また反対に周りも障害のある人に慣れていないので、自ずとぼくが代わって返事をしたり、その都度対応したりする。この日はまた、途中で交代するはずだったお母さんが、飛行機のトラブルで来られなくなったなどということも重なって、あちこち電話したりしなくてはならず慌ただしかった。
こうしたとき、いったいぼくは誰なんだろう?といつも思う。介助者とは誰なんだろう?って。
前に、呼吸器くんが、児童文学賞を受賞してその授賞式に同行したときもそうだったけれど。ああしたオフィシャルな場面では、「誰か」はっきりさせることを求められる。介助者というのは、利用者との関わり方にもよるけれど、かなり曖昧だと思う。家族でもないし、でもある意味家族以上に生活に密接に関わっていたりもする。でも誰?と訊かれたら、「ただの介助者です」と答えるしかないような存在。
前の授賞式もこの入学式も胸につけるリボンをもらったのだけれど、どちらも「御友人」と書いてあった。うーん、御友人とは便利な言葉だ。この曖昧さをぴったり表してくれるような。そんなことを考えていると、かつての介助者の組織ゴリラが友人グループと称していたことなどをふと思い出したりしていた。

4 comments:

Anonymous said...

なんか、分かりますねぇその曖昧な感じ。
利用者的にも結構困るんですよ。
「付き添いの方ですか?」
「うーん…?」
「ご友人ですか?」
「いえ…アテンダントですけど…(爆)」
「えと…介護者…」
「いえ、介助者です。」
「はぁ…」
みたいなやりとりはしょっちゅうです。
付き添いともちょっと違いますよねぇ。
もっと能動的な存在でもあると思うんですよ…。
不思議ですねぇ。
確かに今や家族より私の生活をよく知っている人たちですからねぇ。

Takeshi Inoue said...

こんばんはー。

介助者っていうのはまた、控えめな性格の人が多いし、当事者が前面に出ることを、教えられたり、自分でも意識してちょっと下がった位置にいたりするから、今回みたいにしかたなく前面に立たされたりすると、なんとも言えない居心地の悪さがありましたねぇ。

介助者は介助者でももっと積極的になんであるかを言えるようになってもいいんだけどね。

mDA said...

アイデンティティっていうんでしょうか、わりとそういうことをグチグチ考えてきた部分もあったりするんで、なにか言えたらいいんですが。

僕の感じでは、その場の感じで周りに合わせて適当に、「ご友人」にでも「介護者」にでもなんにでもなりますけどね。

「ご友人ですか?」
「えーっと・・・じゃあそれで」

みたいな(笑)
こういうこと言うとまた、ポスト・モダンって言われそうですけど。

でも、そういうときはやっぱり、利用者さんがどう応えてほしいと思ってるのか、ってことのほうが気になりますけどね。

そういう意味では、尋ねてきた相手に、ではなく、利用者さんに向かって応えているのかもしれませんね。

Takeshi Inoue said...

こんばんはー。

そう。この曖昧さは誰もが、ちゃんとわかってないというか、決めてくれないからっていいうのがありますね。
それと、相手がこちらを当事者のように扱おうとするとき、こちらは「いえいえぼくはただの介助者にすぎませんから」と位置を少し引いたところに下げたりもします。
当事者のふりをすると場面は簡単なんだけれど、わざわざ場を不安定にしているというか。