Thursday, May 8, 2008

『移動の技法』#10

そのときカフェは心おきなく思考を爆裂させることのできる場所となる。なぜなら誰にもわたしは見えず、わたしはそこに流れている音楽にすぎず、たとえば街のどこででも聞こえる流行歌のワンフレーズであるからだ。そしてわたしはこっそり下宿をぬけだしカフェにおもむき、わたしの思考を誰も盗みはしないことを確認しているのだ。そこでわたしは宛名のない手紙を何通も書き、それが湿った曇り空の西風にふッと飛ばされていく様を目にしたりもするのだ。ウェイターは手を前に組んだまま何事もなかったかのようにそこに立っており、“camarero!” という声に反応してくるりと歩みを進ませるのだった。そのときだ。「どうしたの?これは、いったいどうしたことなの?」そんな女性の戸惑いの叫びを聞いたのは。しかし、音楽のように微かに響いてくるその声がどこから届いてきたのかと考えていると、それは、ジル・ドゥルーズロッセリーニの『ストロンボリ』について語ったくだりからだった。テーブルが砕けて、冷房の部屋から夏の光へと粒子となって飛びだしてゆく。ふせてある10個のグラスが融けて店主の声のあたりを、すッと流れ落ちてゆく、大理石の床がぐっしょり波立って、老人が三人りサーフしている。南洋の観葉植物には「取扱注意」のラベルが、、。、さあ、時間だ。(しかしいったい何の?)

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