Friday, December 14, 2007

Gustavo Dudamel

"Gustavo Dudamel"で検索してここに来てくれる人が増えてきたようなので、この間ラティーナに載っけた記事を全文アップしておきます。
11月にメキシコへ行ったとき、あと一週間くらいでドゥダメルとユース・オーケストラが、がBellas artesでコンサートをやるという新聞広告を発見し、ただでさえ幸福なメキシコ滞在がさらに帰国が惜しくなる思いになった。
ベネズエラの状況もその後変化があった。先日、国民投票があって、大統領の任期を撤廃するなどの提案が審査されたが、否決された。報道では、チャベス大統領の指導力が低下するのではと言われているが、ぼくは逆にベネズエラの民主主義の健全さがアピールできて、ベネズエラという国に対しての信頼度は増したのではないかと思う。


月刊ラティーナ10月号

 クラシックファンのあいだでは、すでにかなり話題になっているようだけれど、ラテンアメリカに関心ある方々にはどうなのだろう。グスタボ・ドゥダメル。1981年生まれ。弱冠26歳、ベネズエラ出身の指揮者だ。
 クラウディオ・アバド、サイモン・ラトル、あるいは、ダニエル・バレンボイムといった現代の巨匠たちに絶賛され、彼らの後見のもとにデビューしたドゥダメルの、まずこれまでの経歴をざっと見ておこう。生まれはバルキシメト。カラカスから西方280キロほど行った町だ。カラカスからマラカイボへ向かうハイウェイのちょうど中間あたりにある。父親がサルサのオーケストラでトロンボーンを吹いていたというのが、いかにもベネズエラらしい。すでに幼いときから和声や対位法を学び、10歳のときに初めてヴァイオリンを持って、同時に作曲の勉強も始めている。14歳の時に指揮の勉強を始め、18歳の時に、ホセ・アントニオ・アブレウにひきつづき指揮を学び、彼が創設したシモン・ボリバル・ユース・オーケストラの指揮者になっている。
 ドゥダメルが一気に世界的な名声を得たのは、2004年、南ドイツの名門、バンベルク交響楽団が主宰する第一回グスタフ・マーラー指揮者コンクールで優勝してからで、以後世界中のオーケストラから引っ張りだこの活躍。今シーズンは、ウィーン・フィルやベルリン・フィルでも指揮をする予定になっている。2009/10年シーズンからロサンジェルス・フィルハーモニーの音楽監督に就任することも決定した。
 そして昨年、ドイツ・グラモフォンからベートーヴェンの交響曲第5番と7番のカップリングで、レコーディング・デビューも果たしているのだが、この録音は、彼が現在音楽監督を務めているベネズエラ・シモン・ボリバル・ユース・オーケストラとのレコーディング。このオーケストラがまたドゥダメル自身と同じくらい興味深く話題にもなっている。
 ユース・オーケストラと言うくらいなのでもちろん、25歳くらいまでの若い演奏家たちによってこのオーケストラは構成されている。しかしこれはたんなる若ものたちのオーケストラというだけでなく、今年67歳になるホセ・アントニオ・アブレウが組織した、Sistema Nacional de las Orquestas Juveniles e Infantiles de Venezuela(ベネズエラの若ものたちと子供たちのオーケストラの国家システム)のトップオーケストラということである。スペイン語で短く、「システマ」と呼ばれているこの組織は、ベネズエラ全国に散らばった「核(nucleo)」と呼ばれる地域のオーケストラから優秀な才能を持った演奏家が集められ、学費や生活費の援助をもらって英才教育を受けることができる。幼いドゥダメルもここでコーラスを始めている。キューバの音楽やスポーツ選手の育成に似ていて、一見すると現在のチャベス大統領の社会主義的な政権で作られたものかと思われがちだけれど、創立は1975年と30年以上の歴史がある。州の補助を受けて運営され、政府とはずっと一定の距離を保っていたらしいが、チャベスの時代になって、うまく彼の進める「革命」とマッチし、今では国の潤沢な資金も得ている。集められた子供たちは、家庭に問題があったり、ドラッグに手を出していたりしている場合が多く、この「システマ」は、たんに音楽を教えるだけでなく、音楽を通じて、社会的な繋がりを回復することを目的としており、音楽教育そのものが生きていくための職業訓練になっている側面もある。ブラジル人にとってサッカーが占める役割をやっているという見方もされているようで、「核」と呼ばれる各地のオーケストラは200以上もあり、そこからどんどんキャリアアップしていく様は、まさにナショナル・チームへ至るブラジルのサッカーのようだ。多くはプロになったり、音楽教育の道へ進んだりするのだが、その中には、最年少でベルリン・フィルのコントラバス奏者に合格したエディクソン・ルイスなどもいる。
 さて、そのベネズエラの俊英たちの奏でるベートーヴェン。そして今年になって発売されたマーラーの交響曲5番だが、一見して若者らしいテンポと生きのいい演奏と言っていいだろう。ただそうやって気持ちよく高校野球でも見るような気分で聴いて終わりかと言うとそうではない。彼らの速度は最終楽章に近づくにつれ、どんどんスピードを速め、これ以上行くとカオスになってしまうというぎりぎりのところまで行く。それはほとんど心地よい音楽体験とは逆の、目眩と吐き気すらを起こさせるようなもので、それだけ彼らの抱えているエネルギーの内包量の高さを思わせているだろう。このエネルギーは、明らかに現在のベネズエラの「革命」の持っているものと共振している。しかし、このオーケストラが、フランス革命の影響を受けて南アメリカの解放者となったシモン・ボリバルの名を冠されていて、21世紀のボリバリアーナ革命真っ盛りのベネズエラで、そしてやはりかつて革命の中を生きたベートーヴェンの交響曲を演奏しているというのはどういうことだろう?この状況をどう理解したらいいのだろう?ここ何年もクラシックの世界は、古楽的なアプローチが主流で、オーケストラもどんどん規模が小さくなってきていた。ドゥダメルとシモン・ボリバル・ユースというのは、その中で久しぶりにオーケストラらしいオーケストラだと言え、だから、口の悪い人などは、行き詰まったクラシック界の新しいマーケティングの成果だと言ったりもするのだけれど、そういった人は、歴史の大きな流れの中、現在のベネズエラで何が起こっているかを、21世紀の革命の中で、誰と、どんなエネルギーが解放されているかをあまりよくわかっていないのだと思う。あるいは、たんにニュースを見聞きして知っていただけの私にしても、そのエネルギーの実体を、はじめて目の前にしたのだ。

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