先日の、アルベルト・フゲーが、ワシントンポストに書いた記事について、いくつかブログで反応があった。そのうちのひとが、「Fuguet en inglés(英語で書くフゲー)」。筆者のジャン・フランソワ・フォーゲルはフランス人のジャーナリスト。リベラシオンなどに記事を書いているらしい。
もともとは、英語のネイティブだったフゲーが、その後チリに帰って、苦労して「チリ人になった」。自分はスペイン語で書くチリ人の作家である、と書いたフゲーに対して、冒頭でまず「チリでは、フゲーは北米の作家という風にみられている」と嫌みを一つかましている。ぼくには、こうした見方がなかったので、フォーゲルが何を言わんとしているかが、最初よく分からなかったのだけれど、どうやら彼はフゲーが、自分はバイリンガルの作家であるといったり、英語~スペイン語の二重性を生きていると白状したりせずに、スペイン語で書く、チリ人作家であると言っているのが気にくわないらしい。
いわゆる、チカーノの作家のように、二つの言語の間でアイデンティティを分裂させて、その混乱した生き方を見せて欲しいかのようなのだ。しかし、Las peliculas de mi vidaは、まさにフゲーがいかに自分の中の英語を抑圧してきたかを告白した小説だし、それがまるで、地震で生じた亀裂からあふれ出てくるように自分の人生そのものを語ったもののはずなのだけれど、フォーゲルにはそれでは不十分だったのだろうか。一度抑圧したものを、再び取り出してそれをまた自分のものとして受け取り直す、この作業は人間の成熟の過程そのもののようにぼくには思えるのだけれど。
最近読んだ、『抵抗の場へ』は、戦後すぐ大学を出てアメリカへ渡り、アメリカで初めての日本人の英文学の教授になったマサオ・ミヨシのインタビュー。サイードの古い友人でもあった。ここには、日本人であることをやめて、アメリカ人になった人がいる。彼は自身の経験から、「日本」や「日本人」という括りで考えるのはやめて、地球や惑星のことを考えるよう勧めている。
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