Thursday, August 21, 2008

temblar(11) google maps

生来の飽きっぽさと、なかなかテンションを保ちきれなかったりして、このtemblar「揺れる」シリーズはもう1年もほったらかしている。次々新しい状況が現れてそれに対応しているうちにだんだん集中できなくなるというのもあるだろう。そんな間にも、日本でも大きな地震があったし、もちろん四川省の地震があった。まるでそうしたことをみんな忘れてしまったようにオリンピックを楽しんでいるけれど。

きのう、たまたまグーグルマップにアクセスしたら、現在の地球上での地震の発生状況がリアルタイムで確認できるコンテンツがあることを知った。新しいサービスではないようだけれど、これはなかなか興味深い。<Real-time Earthquakes>
一昨日、福島の方で地震があったけれど、その直後には最近行ったコスタリカでも揺れていることがわかる。コスタリカの地震について知りたければさらに詳しいこんなページにアクセスできるようにもなっている。震源は首都サンホセの南85キロ、プンタレナスの南東130キロということだ。
その後も、フィリピンやギリシャ、ソロモン諸島などで地震があった。マグニチュード6くらいまでの地震ならほとんど恒常的に起き続けているのがわかる。

それは揺れつづけているぼくらの人生と同じだろう、というのがぼくが言おうとしていることだった。さっき確認すると、今日の日付ではまだ地震は確認されていない。その平安な時期はどれだけつづくのだろう。『私の人生の映画』にもこんな一節がある。

 数ヶ月後、チラカ叔母さんは帰ってしまっていたが、ラ・ポッチーはまだ帰るつもりはなかった。そこへひとりのチェロキーインディアンが現れた。それともスーだったか。来たのは夜明け前で、午前4時頃、父はすでに仕事へ出かけていた。インディアンは、やけになって戸を叩きだし、ほとんど壊してしまいそうだった。それは、ダコタ・リーの父親で、混じりっけのないインディアンだった;肌は赤くはなかったが、銅の色のようで、まるでチリ人のようだった。そして、ハーレーのバイクに乗っていた。インディアンの髪は、私がこれまで見たことものないくらい長く、ベニスビーチのヒッピーたちよりももっと長かった。母とラ・ポッチーは、叔母の一族の畑からとれた赤ワインで彼を落ちつかせることができた。
 イングルウッドは、危険な地域になりつつあった。ある夜、向かいに住むメキシコ人家族のまだ未成年の息子が、車で通った若者のグループに撃たれた。母は、怯えて生活するのにも限度があると言って、テオドロ爺に、お金を借りた。父は、牛乳からパンへと替え、アッシュ通りのアパートから、サンフェルナンド渓谷のいちばん町外れへと移った。そして、イングルウッドへは、誰かが空港へ到着したり、出発したりするときだけ戻った。一方、ラ・ポッチーはマイアミへ行き、数年後フリオ・イグレシアスの秘書になった。誰も気づいていなかったが、私たちは人生で最良の時期を迎え始めていた。

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