Sunday, August 16, 2009

iPhone x Nicaragua

今回のニカラグア行きは、ぼく個人にとってはもちろん、発売日に手に入れたiPhone3GSを持ってはじめて日本の外に出るということだったのだけれど、事前に想定していたような使い方はほぼ思っていたとおりにできたんじゃないかと思う。
以下備忘録的に。海外での使用例として共有できたらいいと思う。

1)伊丹〜成田
成田では有料のWifiが複数飛んでいたけれど、国内なので3G回線で。搭乗と同時に機内モードにする。ここをはじめいろんなサイトが指摘しているとおり、海外での使用はパケット料金の割引が適応されないため、知らずに使って法外な請求が来るのを避けるため。以後帰るまでほぼ機内モードのままだった。

2)ヒューストン
到着したら、機内モードを解除。ATTの3G回線に接続されソフトバンクから海外での使用の注意書きが送られてきた。

アメリカではどこでも無料のwifiが飛んでるのかと思ってたけど、そういうわけでもなく空港ではboingoのサービスが使えた。実際には行きと帰りの数時間しか使わないのだけれど、一ヶ月$7.95のサービスに加入してみる。オンラインで決済したらすぐに繋がった。さっそくTwitterfon proで、Twitterに到着の写真をアップしてみる。

ハドソン川に不時着した飛行機のニュースを最初に報道したのはTwitterを使っていた乗客だったというのももう伝説になってるけれど、今回一番やりたかったのが、Twitterで、むこうの活動を画像・映像つきで伝えるということで、何とかすんなりとできそうな感じ。

3)ニカラグア
ニカラグアでの3G回線は、Claroという会社がキャリア。確認してすぐにまた機内モードに戻した。

ニカラグア滞在中は、ずっと首都マナグアのIntercontinentalというとってもいいホテルに泊まった。ぼくらは海外で仕事に行くときは、たいていとてもいいホテルに泊まるのだけれど、ぼくらが行くのは途上国が多く、そこで車いすに対応してくれるホテルとなるとだいたいこんなクラスになってしまうのだ。
ここでのインターネットは有料。同室の同僚と一週間$40をわけわけした。名前と部屋番号を入力すればパスワードが発行される。チェックアウトのときに料金と一緒に請求される。有線もあるし、無線がホテル全体どこでも飛んでいたので、まさにiPhone向きのホテルだった。

ホテルの前にモールがあったのだけれど、そこでは部分的に無料のWifiがキャッチできた。そういえば、打ち合わせに行ったJICAニカラグア事務所内も無線LANになっていたっけ。

Twitterは、なにか起こったらその場で送れるのがいいのだけれど、ホテル内での出来事はほぼそのとおりにできた。外に出ての活動は写真を撮っておいて、後でホテルに帰ってからアップする、ふつうにブログを書くような感覚でやった。

空港にも一部無料のWifiが飛んでいるのに帰り間際に気づいた。上の写真は出国を待っている時間にTwitterにあげたもの。

3)ふたたびヒューストン
帰りは便の関係で一泊しなくてはならず、去年泊まったEcono Lodgeというモーテルに一泊。ここのWifiは無料。ここの電話番号をパスワード代わりに入力したらすぐに使えた。この気楽さがアメリカっぽくてよかった。


一週間の滞在で、メールをチェックして返信し、いくつかのSNSを回ったり、ブログを読んだり、iPhoneがあれば日本での習慣がほぼ途切れることなく継続していた。本格的にテキストを入力したり、大きい画像を扱ったりしない以外は不自由に感じることはまったくない。iDiskやDropboxがあれば自分のパソコンを持ち歩いているのと一緒だし、むこうで知り合った人に、写真を見せて色々説明することもできる。もうちょっと便利すぎて、iPhone前の生活には戻れないよね。

Friday, August 14, 2009

中米のともだち #7


前の記事に書いたとおりニカラグアに行ってきました。

 JICA大阪が企画、うちの事務所が実施して去年からやっている、中米のコスタリカ、ホンジュラス、グァテマラ、ホンジュラス4カ国の障害当事者を日本に招いて、ゆくゆくは障害者自身が運営して自立支援や介助サービスを提供する自立生活センターを各国で作ってもらおうという研修コースのフォローのためだ。

 コスタリカ、グァテマラは去年すでに事前調査に行っているので、残りのニカラグアとホンジュラスも調査しようというのが、もともとの計画だったのだけれど、未だに解決しないホンジュラス国内の混乱のため、訪問をニカラグアだけにして、そのかわり去年と今年の研修生を全員ニカラグアに招待しようということになった。ニカラグアの去年の研修生サンドラがすでに、ニカラグア最初の自立生活センターを立ち上げたので、そこへ皆を招いて、お祝いして、さらに刺激を受けてもらおうという意図もあっただろう。

ぼくたち日本からのメンバーの一週間の滞在の真ん中3日間が、自立生活センター立ち上げに合わせてのセミナーになっており、研修生たちもそれに合わせて招かれていた。事前にグァテマラの今年の研修生の1人が仕事のため欠席であることが知らされており、直前去年の研修生の1人がお母さんの病気のため急遽来られなくなった。2人の欠席のため研修生12名+介助者2名、来られなくなったグァテマラのホセマリアの介助をする予定だった18歳の青年もやってきていたので、合計15名の大所帯だった。ぼくは、今年の研修生と別れて間もないので、どこかこのグループの一員であるような気がまだしているのが自分でおかしかった。今年のグループはたいへんだったけれど、それだけ関わりも深かったんだと思った。なるたけ色んな人と話をしたかったのだけれど、誰かと話していると誰かと話せないわけで、楽しい再会もかなりフラストレーションが溜まるものになってしまった。

研修の3日間は、自立生活運動についてと、実際の交渉のやり方。3日目は介助者についてで、演習はぼくが担当してやった。夜は夜で、研修生たちが作業が今どれくらいまで進んでいるかをインタビューして、研修生たちからの相談にものったりで毎夜遅くまで話し込んでいたので、なかなかハードなスケジュールだったと思う。

セミナーの他には、去年と今年の研修生が所属する団体の事務所を訪ねたり、障害者の家庭や施設の訪問。最終日には地方の町に行って障害者の雇用に熱心な日本とメキシコの合弁会社の工場を訪ねたり、サンドラの団体の地方支部を訪問したりした。マナグアはどこが中心か分からない、お世辞にも美しいとは言えない町だったけれど、一歩マナグアをでるとニカラグアは美しい。ゆっくり旅するときっと虜になる素敵な国だと思った。

自立生活センター立ち上げという「名目」で一連の行事は行われているのだけれど、じつはこの自立生活センターには、ちょっとなんちゃってなところがあって、サンドラの団体自身が、女性障害者の団体として始まっていることやポリオや片足切断など比較的軽度な障害者の団体であることで、どこまでぼくらが求める重度障害者のニーズやサポートが考えられているのだろうか、ぼくら自身やや疑問に思っている部分もある。開所式に行って事務所がスロープになっていなかったのが何より印象が悪かった。

しかしながら、実際に介助派遣用に、イギリスのNGOと政府から予算を取っていて、制度とはなっていないから、期間限定で介助派遣も行われることになる。こうしたことを僅か半年でやってしまったサンドラのエネルギーと政治力も侮れなく、最後空港でまた涙を見せている彼女と別れるとき、結局彼女が誰よりも情に篤いのだとも感じて帰った。

3日目のセミナーが終わって、最後に研修生全員と集まっているとき、iPhoneを持ち歩いていつでもメールチェックできるぼくのところにグァテマラのJICAの担当者からメールが来て、病気だったホセマリアのお母さんが亡くなったと知らされた。みんなが集まっているこんな時にタイミングがよすぎるなぁと思いつつ、彼と仲のいいホンジュラスの研修生に知らせた。この集まりが終わる頃には、みんなで彼を励ます言葉を書いて寸志を贈ることに纏まっていた。それまでぜんぜん見ず知らずだった人たちが、こうして集まって、もうみんな家族のようになっているから、その家族に不幸があってももうそれを自分の家族に起こったことのように感じている。そうした当たり前のことを感じた。

Friday, July 31, 2009

中米のともだち #6

研修生たちが帰って、考えるとまだひと月もたってないのに、彼らがいるときと今の日常とがあまりに差違がありすぎるので、なんだかずっと昔の話か、あるいはもともとなかったことのようにすら思えたりする。

彼らが帰る間際、6月の28日にホンジュラスでクーデターがあり、研修できていたメンバーのうち2人の女の子がホンジュラスから来ていることもあり、夜ネットで知った事態を朝事務所で伝えると、そのひとりのお父さんが警察で働いていることもあってずいぶんと心配していた。ちょうど彼女らが帰国するとき、クーデターで隣国コスタリカに追い出された前大統領セラヤが、飛行機で強行帰国しようとしたところ、クーデター派が軍隊を使って閉鎖。彼女らは一晩マイアミで足止めを食らう羽目になった。

以来、コスタリカのアリアス大統領が仲介して、話し合いで決着を付けようとしてはいるのだが、なかなか両者が譲り合うことなく現在まで膠着状態がつづいている。今日入ったニュースでは前大統領支持派と軍隊が衝突して、けが人と逮捕者が出ている。

そういうわけで、本当だったらすでに今頃はホンジュラスとニカラグアへ調査へ行っていたはずだったのだけれど、こちらの予定も変わり、一週間遅れで明日からニカラグアだけの調査とセミナーに行ってくる。そのかわりじゃないけれど、去年と、先日お別れしたばかりの今年の研修生たちが、マナグアに集合することになった。ホンジュラスで待っていた研修生たちには可愛そうだけれど、またみんなと会えるのが嬉しい。

今回は、iPhone持参で行くので、Twitterをチェックしてもらえれば、Wifiを拾えるところで、むこうの様子も伝えられると思う。Twitterfonでは、ビデオもアップできるようになったしね。
http://twitter.com/tksh21

Tuesday, July 7, 2009

中米のともだち #5

5月の25日から始まった、中米の障害当事者を集めて自立生活運動を教える2年目の研修も、先日日曜、ひとりだけ残っていたグァテマラの女の子を見送ってやっと終わった。
土曜日の見送りの日には5時に起きなくてはならないのに、最後の夜ということもあって朝の4時までみんなで飲んでいた。最後にはみやげ用にトランクに収まっていた日本酒まで登場して、起きるとふらふらしていたけれど、6時に宿舎出発に遅れるわけには行かず、同室のグスタボの介助をしながら大急ぎで支度をする。2年目でそれなりにやることは分かっているはずだったけれど、やはりそのときになると色々不測の事態も起きる。

なんとか空港には間に合い、最後の別れとなった。今年はメンバー間で、いくつか揉め事もあって、それでかなりエネルギーを割かれた。直前に喧嘩していた女の子2人が、涙を流しながら仲直りしていたのを見て、ほんとに今年のグループは中学か高校生みたいだったなと思った。

今年は、介助者を連れて来た障害者が2人いて、それはどんな重度な障害者でも介助を使えば誰でもどこでも生活できるという自立生活運動のもっとも根本の考え方に近い研修になったと思う。その2人のコスタリカから来た男の子と女の子が誰よりもたくさん涙を流していたのが面白かった。

おそらく、障害当事者は、自分で書類を送り、それにパスして来日という、ある程度自分の予想した範囲で物事が起こったのだろうけれど、介助で来た2人は、その当事者に付き添うという、ある意味受け身な立場で来たので、起こった物事がすべて自分のことのようで自分のことじゃない、介助者独特の感覚で過ごしていたのではないかと思う。

多くの人が自分の人生を変えたと言っていたけれど、それがいっときの感情ではなく、引き続いて持ち続け、ほんとに人生を変えるような体験にしてもらったら嬉しいのだけれど。

Wednesday, June 17, 2009

中米のともだち #4

先週の月曜から一週間、東京での研修を終えて、今週からやっと西宮へ帰っての本番。今年は西宮に帰ってくるまで3週間もあって、ここまでに結構疲弊した。体調を崩す人が多かったり、メンバー間のコミュニケーションがうまくいかないのでその仲介をしたりで、予想外の労力がかかった。たいへんだけど、それだけ「関わっている感」も高く、やりがいも感じている。
西宮に帰ると、こちらのスタッフががっつり関わってくれるので、やっとホッとして一休み。
写真は1986年設立、日本で初めての自立生活センターヒューマンケア協会での中西正司さんの講義。グァテマラから来たロレーナの食いつきぶりが見ていて面白かった。

Friday, June 5, 2009

中米のともだち #3

2週目に入った今週、研修生たちは、午前と午後一日使って、日本語の勉強をしている。去年の研修生たちがあまりにも日本のことを知らないということが反省として残ったので、今年から加わったプログラムの一つだ。名前と出身を話す自己紹介や店に入って困らないように料理を覚えたりしている。もちろん、一週間でちゃんと話せるようになんかはならないので、どれだけ効果が期待できるかは分からないけれど、少しずつ片言のことでも毎日口にしているのが見ていて可愛らしい。
今は授業中だ。昼間の宿泊棟は誰もいなくて静か。昨日、カレンが甲状腺を腫らしていたので、同行して千里中央のクリニックまで行ってきて、さっきまたロレーナが熱があると言うと、発熱外来まで連れて行かれた。インフルエンザじゃないかと、ちょっとした騒ぎになって、部屋を変えたりしてばたばたしている。少し休息できるはずだった、今週の日中が何か慌ただしいまま週末になってしまった。

今日は授業が終わったら、キッチンルームを借りているので、みんなで国の料理を作ることになっている。ロレーナが来れなかったらちょっとかわいそうだけど。

Thursday, June 4, 2009

中米のともだち #2

JICA大阪宿泊10日目。毎日があっという間に過ぎていくので、数えて10日も経っているのでびっくりする。昨日は、同僚と交代で日中少し西宮に帰って気分転換。帰りにデパ地下で、葛まんじゅうを買って帰って、研修生たちと一緒に食べる。なんとなく「帰ってきた」という感覚でいる自分に気づいておかしい。

今年のグループは去年のグループほど纏まりがない。けれど、それはでもいいこと何じゃないかって思っている。何かを作っているというプロセスが、毎日目の前で繰り広げられていて、これはどこかのリアリティーショーじゃないのかと錯覚するほどだ。今日は先ほどまで、この建物にいかにバリアーが多いかを、所長に訴えに行く相談をみんなでしていた。話は脱線して、様々な方面へ流れていくのだけれど、それのひとつひとつがお互いを知る手がかりになっているのだろうと思う。

写真は、先週土曜日海遊館へみんなで出掛けたところ。どこを歩いていても、カルガモの親子みたいに見える。